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御隠居クラス  
Face_Iconまんたれいさん

人生多毛作
リアルと妄想の交差点

■登録日:2004年09月17日

趣味は寺参り
そして時々、妄想族。
ただいま、07年生まれの金豚を養育中。



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2006/03/04(土)

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▼  投稿日時:[日本時間]

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各日記終了空間
2006/03/03(金)
木登りKIKI

▼  投稿日時:2006年03月04日(土)12時56分28秒[日本時間]

ひなまつりの前の日は、チエコちゃんの誕生日。
その年の誕生日に、私たちは卒業旅行でインド・ネパール・バンコク・プーケットを経て
ペナンに来ていた。


一昨年のスマトラ沖地震で被災したプーケットにも、その時初めて行った。
砂地の浅瀬が続く本当に美しい島だった。
今はどこまで復興できたのか。
バンガローにいつもセクスィーランジェリーをひらひら干していた、
オーナー夫人は元気だろうか。

もう一人一緒だったKちゃんは、
プーケットで知り合ったタイ人のオトコと3日間消えたっけ〜
そのあと、ティオマン島ではダイブマスターのアズマンと闇に消え。
アドベンチャーとアバンチュールは同じ単語だと思うんだけど、
フランス語だと響きがえっちなのは何故!

それはさておき、ペナンで誕生日を迎えたチエコちゃん、
次の日はひとり先に帰国するということで、
「最後の夜だね〜 」とみんなでしんみりモード。

ふらふらと桟橋まで散歩に出た女子大生3人組。
そこに同じくぶらぶらしていたのが、地元のアンチャン、KIKI。
本来だと、夜に出くわした地元の男なんて、要警戒なんですが、
こっちは3人組ということで、気が大きくなっていたのか、
へらへらお互いつたない英語でしゃべっていたわけです。

桟橋に座ってアンチャンKIKIの言うのを聞いてると、
「オレは椰子の木に登れるんだよ!」つうわけです。
「ほんなら登ってみろや!」というと、
アンチャンはするすると、桟橋の横の椰子の木に・・・

すげえや。



そしてアンチャンは取ってきた椰子の実を、
「ホレ、やるわ。」とくれようとするのですが、
アンチャンの接近に驚いたチエコちゃんは、
座っていた桟橋から海にボッチョーーンと落下。
ずぶ濡れの誕生日とあいなりました。

なんだか旅の思い出ばかりを綴るまんたれいでした。

おいらも年かな・・・


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2006/03/02(木)
ベトナムの乗り合いバスの話

▼  投稿日時:2006年03月02日(木)22時41分29秒[日本時間]

ベトナム中部の都市ダナンに日本語学校の教師をしている友達を訪ねた後、私は世界遺産の町ホイアンに向かうことにした。

ベトナムではツーリスト向け長距離バス(オープンツアーバス)が発達しているので、北から南へ細長い国土を国内便を使わずに移動することも可能だ。ダナンからホイアンへは25km、ノンストップの長距離バスなら1時間程度の距離だ。町の旅行会社で尋ねると、バスは3ドルで11時に出るというので、時間前に旅行会社へ行った。

小さな旅行会社に着いて待っていると、「バスがちょっと遅れてるから、まあお茶でも飲めば?」と店の子が屋台のお茶を取り寄せてくれた。喫茶店の出前、という程のものではなくて、道でお茶を売っているおばさんがいて、「冷茶3つ〜!」とか店から声をかけると、グラスに入れて持ってきてくれるんである。お菓子とか、ご飯類も同じような「出前」ができるのもおもしろい。

よく聞けば、ハノイから南下してくる長距離バスだというから、少しぐらい遅れるのも仕方ないか、と店の子とだべりながら待つ。1時間が経って、12時を過ぎた。「ちょっと遅れてる」としか聞いてない私は、「なんでこんなに遅れてるの?」と、ややいらだち始める。店の子は、その間も携帯で連絡をとったりしているのだが、それがバスの情報なのかどうかベトナム語なのでわからない。12時半も回ると、「ちょっと一体どうなってるわけ?もうホイアンに着いてるはずの時間じゃないの??」と、時間に正確な日本人の血が騒ぎだす。

店の男の子、「まあまあ、お昼だからご飯でも食べにいきなよ。」
と言うではないか。
「ご飯に行くだって?食べに行ってる間にバスが来て行っちゃったらどうするんだよ!」
「だいじょうぶ、大丈夫。No Problem.」
と言って、店の女の子はわたしをななめ向かいの食堂に連れて行った。
「何にする?エビかポークか。」
ベトナムで食べる汁そばは、野菜もたっぷりで汁もあっさりしていておいしい。なんでも、地方ごとに麺も何種類もあるそうで、そういえば、店ごとに味がひとつひとつ違っていた。

1時半にもなれば、もうどうでもいいや、という気にもなってくる。
というか、昼ご飯をおごられてしまったので、こちらとしてもおとなしくするしかなかったというべきか。
「それで一体、原因はなんなのさ?」
「いやー、途中の海岸でバスが故障してさ、部品が来るのを待ってたんだよ。だけどもう、バスはもうこっちに向かってるからもうすぐ着くよ。」

ははーん。最初から故障だと言ったら、私がキャンセルしてタクシーで行くとか思って、隠してたんだな、コノヤロ。だけど、お茶をおごってもらい、お菓子をもらい、タバコ買う時ははローカルプライスに交渉してもらい、昼飯まで奢ってもらっちゃあ、今さらバスをキャンセルするとは言えない。まあ、今日中に着けたらよしとするか。



結局バスは3時に来た。旅行会社の子たちとは、4時間もつるんでいたことになる。旅行会社にはトイレがないから、隣の洋品店でトイレを借りた。親子がやっている暇そうな店だったけど、愛想はよかった。ローカル旅行会社の彼は、携帯を片手にまあ、仕事をしている風だったけど、女の子は従業員じゃなくて、彼の彼女なんだろなあ、店先でお茶とお菓子を一緒に食べながら客の相手をしているという風情だった。(日々ツーリストと遊びながらしゃべっている、彼らの実践英会話力はホント大したものです。)バスに乗りこんで、すっかり「おともだち」になった彼女が手を振って見送ってくれた。ホイアンには5時半ごろ着いた。

2泊してホイアンからの帰りには迷わずタクシーを使った。
ホテルで呼んでもらった料金では7ドル。相場だろう。タクシーは滑るように走って、ダナンの街に40分もかからずに着いた。
ダナンの旅行会社で4時間待たされた乗合バスの値段は3ドル。
だけど、こういう体験こそが、バックパッカー一人旅の楽しみなんだと思う。
伸び縮みする時間と、一期一会の出会いと。


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2006/03/01(水)
カレーうどん

▼  投稿日時:2006年03月01日(水)22時02分00秒[日本時間]

興奮冷めやらぬうちに書かなくては。

世の中にカレーファンは多く、街にカレー屋はあふれている。
だけど、家で食べるカレーがおいしいことほど幸せなことはあるだろうか。

さっき食べた夕飯は自家製カレーうどんだった。
実は、家でカレーうどんなんか作ったのは、去年の秋からで、まだ数回目なのよ。わざわざ作るものでもないし、それまでは家では作ったことなんかなかったわけよ。去年、なじみのカレー屋のおばちゃんに聞いたの。

しかしこれが感動的なうまさでね!!

何が秘訣かってね、

よく聞いてよ、ここ重要。

家でよく肉じゃがを作るでしょ。
多い家だと月一は作ってるんじゃない?
それで、食べ終わった後のドロドロした煮汁、あれ捨てたりしてない?

だめじゃなーい、奥さん。
あれがおいしいのよ。肉のうまみとじゃがいもがトロトロに溶けてるわけじゃないの。
あれを捨てるなんて、主婦の風上にも置けないわよ〜

でね、そのドロドロ煮汁にカレーを投入し、ちょっと醤油を加えたりお湯を加えたりして、うどんを入れるだけ。
その時、さらにお宅オリジナルのカレースパイスとか、ガラムマサラとかあったら入れていいし。

さりげなーく、肉のかけらとか、タマネギとか青ネギの具が残しておくと、
またこれがウマイわけよ。

あ、でもね、4人分の肉じゃがの残りで、
カレーうどんは頑張っても2人分しかできないわね。
次の日のお昼にってことかしら?

いずれにせよ、このカレーうどんのことはダンナには内緒ね。




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2006/02/28(火)
インドのカレー

▼  投稿日時:2006年03月01日(水)02時09分39秒[日本時間]

シンガポールのチキンカレーでスパイスショックを受けた後、
次に洗礼を受けたのはインドのカレーだった。

卒業旅行で立ち寄ったカルカッタは大きな街なのに、
ツーリスト向けのレストランがほとんど見つけられなかった。
なんとか探し当てた、こましなローカル飯屋で出てくるのは、
ひたすらスパイスの入ったカレー。

黄色いしゃぶしゃぶのスープカレー、野菜のカレー、豆のカレーみたいなのが、
4つに分かれたアルミの給食の皿みたいなのにつがれて出てくる。

カルカッタには3日いたけど、
しまいには「カレー以外のモノ食わせて!」と普通の喫茶店を探して歩いた。

カルカッタ駅で列車を待っていた。
待ち時間が長かったので、仲間4人でトランプをした。
インド人が集まってきて、
2重くらいの取り巻きができて、じいぃいいーーーっと凝視された。

聖地バラナシはさすがにツーリスト向け食堂もあって、カレー三昧からは解放された。
インドで1週間目、かなりヤバそうな屋台食まで食べたのに、まだお腹はこわしていなかった。

「あたしって、もしかして超人?」と思っていた頃、
長距離バスでネパールへ移動することになった。
その前日からお腹は急降下。
「頼むから移動日変更して〜」と頼んだものの、「置いていく」と言われて、絶食した。

なんとか1日で治ったけど、脂汗の一日だった。
それからは、いろんな国の小汚い屋台でいろいろ食べているけど、当たりナシできている。

(あ、去年のクリスマスに有楽町のドイツ料理屋でパテ食って当たったっけ。)

日本のインド料理店でカレーを食べると、生クリームみたいな油分が多くて、しつこくてあまり食が進まない。
インドの下町のアルミ皿に入ったカレーには、そんなこってりした油分はなくて、しゃぶしゃぶしてたと思う。

所変わって、ネパールの食堂で出てくるのは、レモン色をしたカレーや、菜っ葉を煮込んだ緑色のカレーで、味が薄いのが印象的だった。スパイスは入ってるのに、芯になる味が弱かったんだよなあ。
その時ばかりは、日本式のカレーが懐かしく思われたものだった。
それと、ネパールの食堂で食べたステーキは地元の水牛の肉だったので、
なかなか噛み切れず、「見た目と食感がビーチサンダル」だった。
ビーチサンダルは当時も今も食べたことはないが、きっと食べたらこんな感じだろうと、確信できた貴重な体験だった。

クーリエ・ジャポンの表紙を見ながら、つらつらとインドのカレーのことなんかを思い出しているわけだ。
クーリエ・ジャポン







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2006/02/27(月)
チキンカレー

▼  投稿日時:2006年02月27日(月)22時19分27秒[日本時間]

初めて東南アジアの国に立ち寄ったのは、
シンガポール空港でヨーロッパ便の乗り継ぎをした時だった。
チャンギ空港は超近代的な空間で、とても「アジア的」とは言えない場所だが、それでも「アジアの匂い」を求めて、待ち時間に辛ーいチキンカレーを食べた。
・・・その結果、ヨーロッパに着くまでの間に飛行機の中で何度もトイレに行く羽目になったのだけれども。

次のヨーロッパ滞在の帰りに、今度はシンガポールでストップオーバーをした。シンガポールは安全で清潔な街だけれども、貧乏学生には少し高くつく。それで、きれいな海を求めて、シンガポールからフェリーに乗って、マレーシアのティオマン島に渡った。

10数年前のティオマン島は、リゾートホテルが1軒しかなく、美しいサンゴ礁があって、素朴さを残す島だった。
海岸に沿った一本道に1泊1000円くらいのバンガローが並んでいて、寝ていると枕元で波の音がする。
ハンモックでうつらうつらしていると、村の子供達にじーっと見られていたりして、現地語を教えてもらったりした。

1週間くらい居ようと思っていたが、10日になり、2週間になった。
暇に任せてダイビングライセンスを取り、真っ黒になった。
それから、私の旅はアジアに向かった。


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2006/02/26(日)
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きらさん
「闘うゴールドコースト日記 」
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